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2010年 08月 22日
今回の投稿をもって、このブログ「ケンブリッジMBA 留学記」を終了します。
![]() このブログは、ケンブリッジMBAを目指す方を主な読者として念頭に置きながらも、これからケンブリッジで生活される方(特に小さなお子さんのいる家族)への生活便利情報を提供する目的で、約1年間、記してきました。また、なるべく、ケンブリッジの今を映像で伝えたいと思い、写真もふんだんに掲載しました。 最後は息切れしてしまい、ブログの投稿数が減ってしまいましたが、今日までの読者数の記録をみると、多い時で約200名、平均約50~60名の方が、随時このブログをご愛読されていました。合計約12,000人にのぼります。一時は、留学ブログで第3位にまでランクインされました。 またこのブログを通じて、ヘッドハンターの方からお声がかかったり、子供教育ブログへのお誘いを受けたり、ある投稿に対して泣きましたとご連絡や、ケンブリッジが懐かしいとのご連絡を受ける事がありました。 これだけ多くの方にご愛読頂き、本当にありがとうございました。 ![]() 今後についてですが、実は、日本に戻ったらもうブログはやめると当初から決めていました。 40歳を目前に控えた僕には、残された時間があまりありません。 ブログに費やす時間・エネルギーを、実社会に捧げたいと思います。 生の声で情報発信をし、自ら実行し、それによって、組織や社会を動かし、世の中が変化していくような役割を果たしたいと思っています。 僕は器用な人間ではありません。自分の限界まで、ふらふらになって行動し、それでも何かを追い求めるような、そんな人生を過ごしたいと思っています。 そんな自分をみて、ついてきてくれる人を精いっぱい支援したいと思っています。 僕は、自分が10年後、何をしているか、自分でも不明です。 今の組織にいるかもしれないし、いないかもしれません。 ただ、唯一確かな事は、僕がどこで何をしているにせよ、一生懸命生きているだろうし、自分の判断に決して後悔しないだろうし、自分自身を幸せだと思っているだろうという事です。 僕が好きな詩を再掲します。僕は、こんな人生の成功を目指したいと思っています。 ******************************* アメリカの詩人・思想家エマーソンの言葉。 「Success」成功とはなにか To laugh often and much; (よく笑うこと) To win the respect of intelligent people and the affection of children; (知性のある人からの尊敬を得、子供たちに好かれること) To earn the appreciation of honest critics and endure the betrayal of false friends; (良心的な評論家に認められ、見せかけの友人の裏切りに耐えること) To appreciate beauty, to find the best in others; (美しいものを理解し、他人のよいところを見つけること) To leave the world a bit better, whether by a healthy child, a garden patch or a redeemed social condition; (この世を少しでもよいものにして去ること。 それは、子供の健康や、庭の手入れ、社会問題の改善でもよい) To know even one life has breathed easier because you have lived. (そして、たった一人でもいいから、あなたが生きていてくれて良かったと 思ってくれる人がいるということを知ること) This is to have succeeded. (それができたら、人生は成功だったといえる) ************************* ![]() このブログは、僕のMBA留学記念でもあります。 本当に、皆さま、ご愛読、有難うございました。 もし、どこかで見かけましたら、気軽にお声かけ下さい。 mba.cambridge.2009@gmail.com これで、本当に終了です! ![]() 2010年 08月 21日
![]() ![]() 40歳代を間近に控え、僕にとってのこの1年間は、どんな意味を持つのだろうか? ここで得たものを、如何に今後の人生に活かせるか? 最近、ずっとこんな事を考えてきた。 1年間の家族休暇? 転職は考えないの? この1年間、何度となく、同級生に言われた。 実は僕は、社会人になってから、5~6年毎に、大きな転職をしてきた。 自らの意思で転職した場合もあるし、そうでない場合もあるが、いずれの場合も、最初の1~2年間は吸収期として徹底的に学び、次の2~3年間は貢献期として、実績を残してきた。 そう考えると、今回の留学は、ある意味、僕にとっての転職なのかもしれない。 今の会社・部署に転職してきたのが約6年前。会社全体としても中途採用が少なく、また、僕の部署で初めての経験者・中途採用という位置づけだった。 それから、6年間、めちゃくちゃ働いた。入社当時10人ぐらいだった部が、留学前には約40名にまで成長し、気づくと、僕は部で一番の古株となっていた。 そうなると、部全体として、僕がいる事が常に前提になってしまい、僕を頼ってしまっているのが、何となく感じられた。これは、部の更なる成長の為には良くないなと、僕は思うようになっていた。 また、僕自身も、多少手を抜いても一応の結果が残せるような状況になりつつあり、仕事に対して貪欲さがなくなってきていた時期で、少し甘えが出てきてしまって良くないな、と思っていた。 そんな中での1年間の留学は、部にとっても、僕にとっても、初心に帰るという意味で、良かったと思っている、いやそう信じたい。 どこで読んだのか忘れたが、35歳限界説と言って、サラリーマンは、一つの会社にいると10年プラス2~3年間で、その会社特有の仕事人間が出来上がってしまい、転職するのが難しい、あるいは転職しても適応が難しくなり成功しない事が多い。しかも、それ以上の管理職になると、頑張らなくても経験で仕事ができてしまうので、自分の生産性や付加価値がそれほど上がらない、もしく減る一方で、給料だけが上がっていくというアンバランスが生じてくる。 僕も、そんな分岐点に達しつつある所だったと思う。 僕は、MBA後、日本に帰国し、留学前と同じ部署に管理職として戻るという、いわば既定路線を選択した。 理由は単純で、僕は今の仕事が好きだし、自分でも向いていると思うし、自分の競争力があると思ったから。また、そうする事によって、今の日本社会に何かしら貢献したいし、できると思ったから。 僕が転職を考えるのは、今の会社で、自分の付加価値を高める事ができない、あるいは、日本社会の貢献になるような仕事ができない、のいずれかの場合と思う。 日本を捨てるという選択肢はない。2度の留学で、否応なく、僕は日本人として生まれ、日本に関係する仕事で僕の強みが発揮され、競争力もあるという事を知らされたから。また、全体として国際競争力を下げつつある日本社会に対して、何かしら貢献する必要があると強く感じているから。 元の職場に戻るという選択をした今、1年間、この歳で日本を離れた事は、僕の直接の仕事に関して言うと、マイナスの側面もあったと多少危惧しない訳でもない。 また、今の会社は、留学派遣が、幹部候補生という位置づけではないので、別に出世に関係する訳では全くない。(あまり関心もないが。) だからこそ、僕は、もう一度、初心に帰り、ハングリーになる必要がある。 ラーニングカーブを、もう一度、ゼロからスタートさせるような感覚。 MBAで学んだ事を活かすという意味では、僕は、このラーニングカーブの角度と上げ、短期間で成果を出す事と、更に一段高い所まで到達する必要があるという事になる。 僕は心地よいアンバランスを受け入れる大勢の管理職になるのではなく、突き抜けるような結果を残す為に、今まで以上に、自分の付加価値を一層高めようと思う。 その為には、常に謙虚な姿勢・感謝の気持ちを持ちつつも、多少の軋轢や衝突も恐れない、強いリーダーになろうと思う。何故なら、今、僕が戻る部署はそのようなリーダーが必要とされているように、感じるから。 効果的なリーダーシップとは、その置かれている「コンテクスト」が重要であり、周囲のものを動かす大きな流れを作る事。Cambridge MBAで得た僕のリーダーシップ論。 Cambridge MBAでそこそこやれたという「自信」が強い味方になる。 ![]() 家族という点では、やはり、日本にいる時と比較して、格段に家族で過ごす時間が持てた1年だった。娘が日々成長していく姿を見守れた事は、父親としてうれしかった。そういう普通の幸せを取り戻せた1年間だったのかもしれない。 また、ケンブリッジという街に住んだという事実も大きい。歴史的、かつ、自然豊かな美しい街、ケンブリッジ。治安も良く、住んでいる人が皆優しかった。 妻も、娘も、僕もこのケンブリッジという街が大好きになった。ケンブリッジでの生活は、大都会砂漠ジャングルの東京とは比較にならないほど快適で、理想的な暮らしができた。またいつか戻ってきたいと心から思う。 ケンブリッジMBAでの1年間は、家族との時間を取り戻す1年間、娘の成長を見守る1年間、そして決意を新たに、更に高い目標に到達する為に必要な助走期間としての1年間だったのかもしれない。 東京に戻った翌日の朝、時差ボケの眠い目をこすりながら会社に出勤すると、そこには1年前と大して変わらない光景があり、僕自身も何事もなかったように席についた。 でも、僕は大きく変わった。人生の折り返し点を超えつつある今、僕は、もう一度、新しいチャレンジに立ち向かおうとしている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2010年 08月 17日
今、ヒースロー空港でこのブログを書いている。
このところ、引越し荷物搬出(船便・航空便合わせて64箱!)や、家の大掃除・引き渡し、今週から始まる英語サマースクールに参加する新MBA生歓迎会等と、なにかと慌しく過ごしてきた。 帰国前の新鮮な気持ちがあるうちに、僕がCambridge MBAで得たものを記しておきたい。 ![]() 僕がケンブリッジMBAで得たものを一言でいうと、「自信」と「一生付き合いたいと思う数人の友人達」になると思う。 ********************* まず、「自信」について。 誤解を恐れずに言うと、僕は、Cambridge MBA に対して、ものすごい期待をして入学してきた訳ではない。 勿論、Strategy や Marketing や Organisational Behaviour 等、今まで系統立てて勉強する機会がなかった分野について、一通り押さえておきたいという目的はあった。 だが、正直の所、強く何かをTake-awayするつもりはあまり無かく、むしろ、「いかにCambridge MBA に対して、自分の付加価値をだし、貢献できるか、自分を試してみよう」という事が最大の目的だった。 1年間を振り返ると、目立つほどではないものの、そこそこ貢献できたのではないかと思う。 生徒会選挙の選挙管理人をしたり、Cambridge MBA 内での VCIC で優勝したり、India Trip の企画実行担当になったりした。 また、自分の専門分野・得意分野の授業では、授業の質を高める為に、なるべく発言するよう心がけた。 1年間という短い期間のMBAでは、授業そのものは要点を駆け足で触れる程度になりがち。 正直、Cambridge MBAで、感動するほどしびれる授業はなかったが、これだけMatureな生徒が揃っているのだから、授業の質を高めるのも下げるのも、半分ぐらいは生徒側に責任があると思う。従って、いかにその分野に詳しい生徒が授業に深みを与えられるかが重要になってくると思う。 学びという点では、今まで仕事を通じて断片的に得てきたもの(リーダーシップ論等を含め)を、ある程度体系的に整理できたし、かつ、自分がそこそこグローバルな世界でも通用する事を確認できた。また、自分の強みや弱みについて、日本基準ではなく、グローバル基準で冷静に見えるようになったと思う。 経営に対する体系的な知識・見方を得た事や、MBAという学位をとれた事(正確にはまだだが)といった外形的な側面も重要だが、それ以上に「Cambridge MBAでそこそこやれた(自分の強み・弱みや能力を認識した上で)」、という自信の方が、僕にとっては意味が大きい。 今回得た「自信」を、過信するのではなく、謙虚に、如何に活かすか、それが僕の今後の課題。 ******************* 次に、「一生付き合いたいと思う数人の友人達」について。 Cambridge MBA で最も意外だったのは、Management Practiceや、CVPやGCP等のプロジェクトを通じて、チームワーク力やリーダーシップ力の養成に、特に力を入れているという点だった。 また、Cambridge MBAの特徴にCollaborative Ethosがある。 MBAプログラム全体に、競争よりも協調を重視する思想が深く貫かれている。 ![]() MBAというヒエラルキーや強制力のないボランタリーな舞台で、これらが揃うとどうなるか? 敢えて言うと、その人のもつ本性やら力量が、より一層透けて見えてくるようになると思う。 例えば、グループ作業では、一人ぐらい何もやらなくても、大勢に影響がない。成績は、グループ単位となる場合がほとんどだし、仲間はCollaborative ethos として助けてくれる。 そうなると、グループに貢献しないフリーライダーになったり、無責任な言動をとったり、適当に作業を済ませたりするような人が出てくる一方、皆に気をくばり、自然とリーダーシップを発揮できる人、出来はよくなくとも一生懸命グループに貢献しようとする人、地道な作業を率先して実施してくれる人等がでてくる。 こんな舞台で1年間を過ごすと、本当に信頼でき、今後も付き合いたいと思う人が見えてくる。 僕は、数名のそんな友人ができた事に対し、非常に感謝している。一旦社会人になると、仕事の利害関係を離れ、新しい友人をつくる事が結構難しくなる。その意味で、この留学は、国内外に新しい友人をつくる、大切な機会を与えてくれた。 *********************** ![]() Cambridge MBAとは それは「ケンブリッジ大学」という世界最高水準の学問の府に中に存在し、1980年代後半以降「Cambridge Phenomenon」として一躍脚光を浴びたハイテククラスターが集積する街に存在する。 この今も成長を続けるハイテククラスターを支える為に、幾重ものネットワークが形成されており、Cambridge MBAとも密接にリンクしている。 Cambridge MBAは、設立後20年間で、あっという間に世界のトップクラスのビジネススクールの仲間入りを果たした。 だが、Cambridge MBAの本当の姿は、自分の本性や力量を丸裸にさせてしまう、ある意味、とても恐ろしい舞台なのだと思う。 だからこそ、自分をさらけだし、全力でぶつかると、より大きなものを得る事ができると思う。逆に、必ず誰かが助けてくれるから、そこそこ適当にやり、卒業する事だって、可能。 僕にとって、今回の留学が僕の人生を変えるほどの経験だったかどうかというと、現時点では、全くそんな事はない。 だが、今後の活かし方次第では、もしかしたら、大きな転換点になる可能性はあるかもしれないと思っている。 そう思わせてくれただけでも、Cambridge MBAに来て本当に良かった。 ![]() 2010年 08月 02日
8月に入り、帰国準備を進めています。
ついに、8月17日の日本への片道チケット発券を済ませました。 最近、ブログの更新がなかなかできていませんが、このところ ずっと、「ケンブリッジMBAで僕が学んだこと」や、「僕にとってのこの1年の意味」を考えながら、日々を過ごしています。 帰国までには、総仕上げのつもりで、"本音"での掲載しようと思います。 2010年 07月 22日
![]() 僕は、今までの人生で、一度だけ、気を失って倒れた事がある。 それは、うちの娘が生まれてきた時。 どんな事でも、興味・関心を持ち、臆せず、やってみたがる娘。 運動が大好きで、走るのが早く、お猿のように登り棒が得意な娘。 言葉も、話出すのが早く、今では生意気なくらい。 でも、うちの娘が背負っているものの重さは、本人にしか分からない。 親として、少しでもその重さを軽減できるのであれば、全力で支えてあげたいと思う。 そんな娘を連れての英国留学。 この一年、僕よりも、娘の方が、大変ながらも貴重な経験をしたのだと思う。 言葉が何もわからない状態での、イギリスの現地小学校への入学。 ![]() 最初は、毎朝、泣いて嫌がっていた。 徐々になれてきた3カ月後に、転校。 ![]() 転校先では、友達にも恵まれ、毎日楽しく過ごしていたようだ。 1クラス26名と少人数ながらも、僕のMBAのクラスに勝るとも劣らない国際色豊かなクラスメート達。 あっというまに、英語がペラペラに話せるようになってしまった。 そんな娘が、本日、無事、小学校のReceptionクラスを終了した。 成績表を初めてみる。こちらの学校は、結構丁寧に、色々な事が記載されている。 ![]() ![]() 親ばかだが、良く頑張ったと、心から褒めてやりたい。 この貴重な経験を、一生忘れないで欲しいと思う。 ![]() 2010年 07月 18日
アンティーク好きの方には、英国は、さぞかし楽しい国なのだろう。
至る所にアンティークショップがあり、チャリティーショップでもアンティーク品が豊富にあったり、掘り出し物に遭遇したりするらしい。 さらに、ネットのebay(英国版)では、アンティーク品が豊富にオークションに出されており、英国内で購入すると郵送代も安く、色々なものが手に入るらしい。 そんな麻薬のような世界に引き込まれているMBA生の奥様を、僕は少なくとも3人、知っている。うち1人は、うちの妻なのだが。。。 夜遅く ebayのオークションで希望の商品が落札できると、にやにやと喜んでいる。 この間、「こんなの買ってどうする。ただのリサイクルだろ。」と言ったら、かなり不機嫌な顔をされた。。。 何でも 20-30ポンドで購入できるコーヒーカップなどが、日本では2万円ぐらいで売っているらしい。 それを聞いて、「日本で高く売ろう。」と言うと、さらに不機嫌になる。 この前、MBAの奥様が集まる会があり、更に1人、仲間に加わったという噂を聞いたのだが、大丈夫だろうか? 以下の写真は、うちの戦利品。 コーヒーカップ類を入れている、この食器棚みたいなライティング・ビューローものも、戦利品の一部なのだ。 ![]() 一体、どうやって、日本に持ち帰る気なのだろう。。。 2010年 07月 15日
良く考えたら、僕が過去に働いていた3つの会社は、全て消滅した。
救済合併されたり、事業縮小・撤退したりと。 その中でも新卒で入社した最初の会社、厳しかったけど、僕は、この会社に育ててもらったと非常に感謝している。 入社1年目の夏ごろ、思い通りに仕事ができない自分が情けなくて、自分の机で、恥ずかしげもなく泣いたのも、この会社だった。 その当時は、毎日、会社が嫌で嫌で、本当にたまらなかった。 1年目の秋ごろ、約20歳も年上の方が、海外駐在から帰国し、僕の上司になった。この方、今から考えても非常に不条理な人なのだが、新人には到底かなわない存在だった。僕は、無謀にも、絶対にこの上司に負けまいと思って、毎日深夜まで残業したり、週末も出社したり、必死に仕事に取り組んだ。そのおかげで、入社2年目の初めの頃には、その上司よりも自分の方が、周りからの信頼を得るようになったと思う。 3~4年目に入ると、仕事が結構楽しくなった。自分である程度の裁量をもってプロジェクトを進める事ができたし、一人で他の会社に出向き、大きな案件の交渉をまとめたりしていた。毎日、自分の体力の限界近くまで、働いていたと思う。 僕が所属していた部署は、その当時、会社内で最上位くらいに業績が良く、人材も豊富だった。 上記の上司は例外だが、皆、厳しかったが、色々な悩みや愚痴をきいてくれたし、アドバイスをくれた。 そんな昔の部署の諸先輩方は、今や、世界中の色々な所に散らばって大活躍している。 僕は、結局、仕事の分野・方向性を変えたいと思い、この会社を約5年間で退職してしまったのだが、今でも、この会社の部署の諸先輩方にお世話になったと感謝している。 この時が、自分が一番成長できたと思う。 僕の社会人生活の原点は、この会社にある。 ================================ この会社の事を記していたら、一つ、どうしても後悔している事を思い出してしまった。 あれは確か2年目のゴールデンウィーク(GW)の休日だったと思う。 僕は、GWにも関わらず、あるプロジェクトの締め切りに追われ、午前中から出社した。 その日は、普段あまり親しくしているわけではない同期入社のA君も出社しており、お昼頃、たまたま1階のエレベーター前で、一緒になった。 その数日前、A君から、「今度、カレーライスでも食はへんか?」と誘われており、僕は確か「また今度な。」と答えていたと記憶している。 僕は、A君に会った時、カレーライスの件が一瞬頭をよぎったのだが、休日出勤で早く仕事を片付けて帰りたいと思い、その事には一切触れず、簡単な挨拶だけで、別れてしまった。 A君が、何となく、元気がなかったのが気にはなっていたのだけれど。。。 その日は結局、僕は、夜まで仕事をし、終電ぐらいで千葉県の柏にある独身寮に帰宅した。 その翌日、僕は、友人から、A君が昨日会社のビルから飛び降り自殺した事を知らされ、絶句した。 僕は、「その時」、会社にいたのである。 なぜあの時、カレーライスを一緒に食べようと言わなかったのか? なぜ助けを求めているシグナルを感じられなかったのか? ================================ 人間って、時間とともに、色々な事を忘れてしまう。 皆、色々なものを背負って生きている。 僕も、色々なものを背負って、生きている一人。 背負ったものの重さは、その人にしか、分からない。 少なくとも、背負っているという実を理解しようとする姿勢だけは、忘れないようにしたい。 その背負った重さを少しでも和らげる事が、自分にできるのであれば、全力を挙げて助けてあげたいと思う。 2010年 07月 12日
7月12日の、娘の小学校の運動会の様子です。
![]() ![]() ![]() 一人だけ、スタートポーズを決める娘 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ダントツに早い娘 ![]() 終了後、なぜか、子供たち全員にロりポップが配布される。 娘の所属するトライアングル(三角)チームが優勝した。
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